nararaiぶらり

お金にならないものを貯めたい

普段電車に乗らないもので。

 海はあちら側かな、と、日除けに遮られた窓の向こうを見る。思わず目を細めるけれど、見えるものが増えることはない。

 日除けの縦縞模様と、織物の横縞模様が、くっきりと見える。それはすなわち、景色を見ることは難しいと悟らせる物々だ。

 諦めて、手元に目線をやる。

 両隣に座った高校生。左側の子が、首に何かを塗っている。右側の子も、同じようにしている。

 ムヒ? ……違う、シーブリーズだ。

 男子高校生のにおい。

 そうだ、なぜ大人はシーブリーズを塗らないのだろう。なぜ男子高校生にもできる汗対策をできないのだろう。

 化粧も適当な自分が恥ずかしくなる。

 30分もしたら、男子高校背に挟まれたそわそわなんて気にならなくなる。

 電車に毎日乗る人はすごい。

 肘がぶつかるほど近くに他人を感じると、自ずと考えてしまう。この人はどんな人なんだろう。何をしているんだろう。どこへ向かうんだろう。何を考えているんだろう。

 そんな感嘆も、1週間ぶり、何百回目だ、というほど繰り返してきた。

ひとりで みんなで

 一人で生きていくと決めた。

 そう伝えた。

 一緒に生きていこう。

 そう答えた。

 ひとりで。みんなで。

 そう答えた。

 わかった。口に出してわかった。それでいいんだ。寂しがり屋なのに一人になりたいのは、そう言ってくれる人にはきっとわかってもらえる。

 こんなに辛いことを、誰かのせいにしたくはない。

 こんなに楽しいことを、誰かのおかげにしたくても。

声の大きな人

 彼は声が大きい。おまけに、声が高い。語尾もはっきりしていて、その場にいる誰もが一言一句逃さず彼の言葉を聞き取ることができる。もぞもぞ話す私からしたら、羨ましいような気もするし、かわいそうな思いにまでなる。  猫の喉を鳴らすような呟きを拾って、大きな声で優しい言葉をかけてくれる。どうしたの、も、そうだね、も、大きくてはっきりしている。そのお節介を撤回することさえ、彼には大変なことだと思う。  笑顔で。失敗を恐れずに。  彼の机のまんなかに、ピンク色の付箋がくっついている。誰かの文字じゃない。彼の文字だ。決して、自信家の力強いものではない。  一つ考えるようになった。私にとってはなかったことにできる呟きを、拾って、大きくする彼。巻き込んだら、全部本当のことになる。全部彼の自分ごとになる。そうやって、すべてを見ようとしている。  だったら私は、少しでも見えないように話そう。小さな声で、彼の代わりに。

小児外来の少女

 女の子はお母さんの肩に頭を預けていました。夕方にはべたついて鬱陶しい髪が、二人の首元で一緒になって、見ている私までじめじめとしたような気持ちになり、それと同時に、暑苦しくても人とくっついていたいよね、と、不思議な共感を生んだのでした。

 身長と体重だけ測りますね。一人で診察室に飛び込んで行った女の子は、寝ていると思っていたのに、かえるのように元気良く足を運んでいました。戻ってきた女の子の表情は、思っていたよりもずっと楽しげで、メロウな平日の夕方の雰囲気とは違っていました。

 帰る頃には、背中に感じていた分厚い雲にはとうとう追いつかれ、オレンジの夕陽を浴びることもなく、寂しいような、清々しいような、そんな道のりになりました。近くのコンビニで買ったアイスは、空気の湿気にすぐに溶け込んでしまいそうで、学生みたいに、自転車に寄りかかって、すぐに食べてしまいました。

 あの女の子が、大きな病院に通うような事情を持っていたとしても、あのくらいの年頃の女の子には、これと同じことなのかもしれないと思いました。毎日、何もかも、どことなく楽しくて嫌いじゃない。大人になってみたら、大好きだったと言える。また戻れるのならば、心から楽しめる。

 雲の隙間から、熱い日差しがほんの少しだけ覗いていました。私はそれから逃げるように家路を急ぎましたが、きっとあの女の子は、まだおうちには帰っていないでしょう。お母さんと一緒に、美味しいものを食べるのでしょう。

 そんな「ちょっとずつ」がたくさんある毎日が、まだもうちょっとある彼女に、羨ましいような、懐かしいような思いを馳せました。